職業釘師の拘り-フランク・ミュラーとフランク三浦の商標権係争に寄せて

今回は、時計にまつわるお話です。

 

ミュラーと三浦

スイスブランド製品の高級腕時計「フランク・ミュラー」と、そのパロディーにあたる国産ブランド「フランク三浦」については、時計の事にそれほど詳しくない方でも、名前くらいはどこかで聞いた事があると思います。

 

全く分からない、という方は、下の比較画像をご覧下さい。

franck muller

フランク・ミュラー

FRANCK MULLER™

 

フランク三浦

フランク三浦

株式会社ディンクス 「フランク三浦」©

 

この両者が数年来、商標権で係争していたのが、今月になって正式に法廷決着した、というニュースが昨日話題にあがっていました。

 

係争まとめ

以下、楽太郎なりに、両者のこれまでの係争の経緯を分かりやすくまとめたものです。

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スイスの時計職人フランク・ミュラーが、1991年にテクノウォッチ設立

 

フランク・ミュラーブランドの製造を開始する

 

1998年、フランク・ミュラー・ウォッチランドに社名変更する

 

2012年

株式会社ディンクス(大阪市)が、「フランク三浦」を商標登録する

 

2015年9月

両者製品の類似性が問題になり、ミュラー側の申し立てを受けた特許庁は、ミュラーへの「ただ乗り」として三浦の商標を無効とする

 

三浦側は、この判断の取り消しを求め提訴する

 

2016年4月

知的財産高等裁判所は、呼称は似ているが、外観で明確に区別できると指摘する

 

また、三浦の時計が4,000~6,000円程度である事を考慮すると、多くが100万円を超える高級腕時計であるミュラー製品と混同する事は考えられないとして、前年の特許庁の処分を取り消して三浦側の勝訴判決を下す

 

ミュラー側は、この判決を不服として上告する

 

2017年3月2日

最高裁判所は、ミュラー側の上告を退け、三浦側の商標を有効であるとした前年の判決が確定する

________

こんな感じです。

 

師匠と時計

パチ屋の楽太郎が、なぜ今回時計のお話をしたかと言うと、別に私が時計大好き人間だから、という訳ではありません。

 

今回のニュースを目にして、真っ先に思い浮かべたのは、私の釘調整/設定管理の師匠の事です。

 

このブログでは、稀に登場している、だいぶ前に引退した元職業釘師で、私の会社がかつてマネジャーや店長クラスを指導させるために顧問的な立場で雇っていた、まあ今で言えばコンサルタント的な立場の方です。

 

この方は、時計を身に付けていませんでした。

 

なぜか?

 

それは、業務に影響するから、という硬派な拘りによるものでした。

 

師匠曰く、

 

「時計を巻いて釘を叩くと、微妙な重みであっても台数が多い時は左肩が凝る。それで、ゲージ棒での計測の精度が落ちる心配がある」

 

という事や、

 

「左側に開放したガラスに、左手に巻いた時計のガラス盤面がぶつかったりすると、どちらも傷が付くかも知れないから、気になって嫌だ」

 

というものでした。

 

また、スロットの設定変更の際には、右手で設定KEYを操作して、左手では開放した筐体ドアが閉まらないように押さえたり、身体を肩口から上腕にかけて半身入れて押さえて、左手で電源OFF/ON操作をする場面が多いのですが、この時にも、

 

「左手首に時計を巻いていると、ドアにぶつかって傷がつくかも、とか気になるから嫌だ」

 

このように話していたものです。

 

更に言えば、座る時にも拘りがあって、デスクワーク中には絶対に肘で頬杖をついたりせず、また足を組んだりもしませんでした。

 

なぜか?

 

「身体の水平バランスが崩れて、釘を正確に見れなくなる」

 

という理由からでした。

 

「真っ直ぐ立って、肩の高さが左右揃っていないと、ダメなんだ」、とも話していました。

 

まあ、師匠が現役バリバリで業務にあたっていた頃は、遊技台の釘の本数は今よりもずっと多く、また繊細な調整を要する機種が多かったから、そこまで気にしていたのでしょう。

 

実際、それに比べて今のパチンコは、そこまで拘らなくても調整業務に支障は出ませんし、上記のように細かい事に拘っている人とそうでない人が叩いた釘に、大差は出ないように思います。

 

しかし、心の持ち様というか、取り組み姿勢に関しては、今でも見習うべき点が多くあると思っており、私は師匠から指導を受けながら業務にあたっていた若手管理職/店長時代の事を、最近良く思い出します。

 

 

以上、フランク・ミュラーとフランク三浦の訴訟問題に寄せて、ちょっとした思い出話でした。

 

 

今回は、これくらいにしておこうかと思います。

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[記事情報]

2017年3月7日公開

コメント
  1. 確かに昔の釘師さんは、スーパーコンビのような一発系への調整やらビッグシューターやらの羽根物など釘調整など調整がお店の損益に直結するだけに細心の注意が必要だったのでしょうね?

    更に今ほど空調がよくなかった頃には、翌日の天気予報も参考に調整されていたんではないですか?昔の合板は、薄かったので湿気が多いと微妙に釘まで影響したと聞きましたから・・

    • ニューマン さん

      思えば、私の師匠は、そこらへんは無茶苦茶細かい人でしたね(まだ生きてますが)。

      玉が跳ね返る時の強さの違い、釘に絡む時の玉の回転速度、右回転か左回転か無回転に近いか、とか。

      ただし、使う道具はごくシンプルで、ハンマー、板ゲージ、ゲージ棒3本、調整ドライバー(起こし棒)、これだけですね。

  2. 初めまして。いつも勉強になるなぁと思いながら読ませて頂いてます。プロの釘師。カッコいいですね。もう時効ですので(笑)高校生の時に羽根物にがっつりハマり平和の冒険島やファイターを打ちまくってました。田舎で情報も少ない時代だったので鳴く日の釘を覚えておき、今日は閉めてあるな、今日は空いてるから打とうと少ない小遣いをやりくりしてました(笑)回る回らないも醍醐味だと思います。ボッタ店ならいかなければいいだけですから(笑)お疲れさまです(^o^)

    • こういち さん

      羽根冒険島、いやあ、懐かしいですね!

      個人的にも、デジパチ(三洋)の方ではなく、冒険島といえばこっちの方が先に思い浮かびます。
      3千円で一勝負、という感覚でした。

  3. 恐らく最後のパチプロ(ゴト師でなく)だと思うのですが、私が90年代にお話しを伺った人は
    ①近所ではサラリーマンと自称し、午後5時を超えてのパチンコはしない。
    ②友人の会社に勝ったお金で「健康保険」「年金」「雇用保険料」などを払っている。
    ③ゼロタイガー(羽根物)の命釘や風車の角度を全台(20台前後)を毎日まる暗記して帰る。
    ④毎日最低2台以上は終了台にさせる。
    などなどあり、特に凄いと思ったのは、センターの役物(飛び込んだ後センターのVの溝に乗る)の摩耗状態でVへの流れを見極める。

    その他色々プロとしての悩みとかも聞かせてもらいましたが、楽太郎さん師匠さんも店側のプロであるように、昔は客側のプロとして凄い人が居ました。

    まぁ昔のコミック「パチンカー人別帳」ほど派手ではありませんが・・W

    • ニューマン さん

      一般客&お店と共存する、あわよくば共栄する、身一つの知識/技術で勝負するというスタンスの方は、今ではなかなか見かけないですね。
      私はブログ内で「プロ」という言葉を使わないで、読んでいて気分が悪いかも知れませんが「パチンコ/スロット生活者」とか「専業層」という表現を使うのは、師匠なりニューマンさんが指摘するような人達とはかけ離れている現状で、どうしても「プロ」と呼称するのに無意識に抵抗を感じているからなのかも知れません。

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