CRそれゆけ浜ちゃん が好きだった常連さんの思い出

CRそれゆけ浜ちゃん は私がこの業界に入ったばかりの時に元気に稼働していた懐かしい機種です。

 

楽太郎、学生時代のアルバイト

大学生の頃、当時住んでいた街の二つ隣の駅のパチンコスロット店でアルバイトをしていたのですが、階段を上がって2Fのメイン機種として使われていたのがこの機種でした。

それゆけ浜ちゃん

味のある枠色です

 

私が初めて太陽電子製品のことを覚えたのはこの機種であり、その後CRそれゆけ松ちゃん、CRそれ打て浜ちゃん、CRガンバレ19番ホール、CRばか勝ち浜ちゃんといった具合に類似コンセプト・スペックの機種が続々と登場するのですが、その最初の機種がこれです。

※何気なく太陽電子と書きましたが、現タイヨーエレックです。たしか、この次の枠が白枠で、そのあたりからタイヨーエレックに社名変更されたかと記憶しています。最近はメーカーの変遷を知らないという若者が増えてきているので、参考までに。

 

さて、このCRそれゆけ浜ちゃん ですが、当時のアルバイト先には15台くらいあったでしょうか?そこらへんは記憶が定かではありませんが、その日の講義が終わって遅番出勤し、さあ巡回開始!

 

出会い

さあ、今日もアルバイト開始だ・・・という時に、札入れポーチに各種札を補充するのを忘れていたのに気付き、急いで札置き場へ。

 

スタート札、無制限札、チャンス札、空き台札、あとは「爆!」「裂!」とかの賑やかし札などをポーチに入れて担当島に戻ったときに目に入ったのは、呼び出しボタンを押してからかなり待たせてしまったらしい会社員のお客さんのイライラする仕草。

 

接客には一生懸命さの演出も大事だと教わっていた私は、精一杯急いで駆け付けました感を出してお客さんのところへ。

※当時は、箱の上げ下げはお客さん自身で行うことも多かったので(計数でさえ自分でやるお店もありました)、そんなにイライラするんなら、箱くらい下ろしてよ~くらいの気持ちでいたと思います。

 

お待たせしたことを謝りながら箱交換。

 

ん?何か違和感が・・・お客さんの手元に目を遣ると、指が、結構な数、ありません!

よくよく見てみると、会社員どころか、いかにも「裏社会の方」でした。

※後々しっかり見てみると(正確には、ご本人から見せて貰うと)左右2本ずつありませんでした。

 

何とも言えない緊張感のもとで勤務し、その日は何事もなく退勤。

※何事もないのが当たり前ですが。

 

心底ホッとしましたが、翌日も、そのまた次の出勤日も、毎日毎日その「裏社会の方」が同じ台で遊技しているではありませんか!

 

そうです、このお客さん、CRそれゆけ浜ちゃん を気に入ってしまったのです。

 

気まずさ満点の毎日

このお客さんが好んで打つ台は、いつも決まって、リフト右の「すごく裏詰まりしやすい台」でした。

 

このお店の還元機はエース電研のクリーンマスターで、ポリロンという5㎜角サイズくらいの研磨剤を使用するシステムでした。

 

このポリロンですが、島上部からポロポロとこぼれて、補給経路に混入してしまうことが多々あり、それによる玉詰まりが最も発生しやすいのが、お客さんが打ち出してアウトに流れた玉がポリロンで研磨清掃されながら島上へとリフトされる島中央部の至近の台です。

 

黙々と現金投資、裏詰まりで台を開けさせて貰い詰まり解除。

 

更に現金投資、呼び出しランプに猛ダッシュで駆け付け、台上部の幕板を開けて蛇腹詰まりを解除。

 

まだまだ現金投資、遊技台左上の補給玉なしランプ点灯に即座に反応し、隣の島へ移動、背中合わせの裏の台を開けて、裏詰まりを解除。

 

このお客さん、引きがべらぼうに悪い方で、とにかく初期投資金額が多かったと記憶しています。

私としては、イライラさせないように、とにかく素早く詰まりを察知して解除することに努めていました。

※意外だったのが、いかにもな感じのコワモテというか、武闘派な外見の方だったのですが、対応が遅くて怒鳴られたり、身の危険を感じるような場面は一度もなかったことです。

 

とにかく、1回は当てるまで黙々と打ち続けるお客さん。それこそ、雨の日も風の日も、週に5~6日は来店していたでしょうか。

いつの頃からか、私はこのお客さんのことをひっそりと応援するようになっていました。

 

ターニングポイント

ある日のこと、たしかスロットフロアに配置されていたかと記憶していますが、インカムで「楽太郎、急いで2Fに来い!」と呼び出された場所は、CRそれゆけ浜ちゃん の島でした。

 

現場では、先輩アルバイトの人が半ベソで土下座気味に謝罪していました。

その相手は…例のお客さんだったのです。

 

え!こんな揉め事を起こすような人ではないと思っていたのに。

 

招かれるがままに、そのお客さんと先輩の間に割って入り、その場に居たマネジャーと共に話を聞くと「コイツは客商売の心構えが、まるでなっちゃいない。チンタラ歩くわ島端でダラけてるわ、客が金使ってる現場でその態度はないだろ。コイツの給料は俺みたいな奴から出てるんだぞ。さっさと帰らせろ!そんで、代わりにコイツを入れてくれ。コイツが一番マシだ」とのことで、つまりはご指名ということでした。

 

状況に驚きはしましたが、口調は荒々しいものの、このお客さんが言っていることは、至極もっともな事に思いました。

 

また、私はこの先輩のことが無茶苦茶大嫌いだったので(同じバイトなのに動かないから)、よし、そんなら代わってやろう!と配置変更を受け入れました。

 

それ以来、このお客さんは私のことを名前で呼ぶようになり、私も名前で呼ぶようになりました。

 

ここでは仮に「浜さん」と書くことにします。

 

楽しく働く毎日

まだ二十歳やそこらの若造だったこともあり、社員含め他のスタッフにはそっけない態度のコワモテの浜さんが、私にだけは話しかけてきてくれるということは、勤務時のモチベーションにもなりました。

 

「昨日は10万突っ込んだけど11万返ってきた。ドラマが待っているもんだな」

 

「あの婆さん、手が悪いとかお前らに言ってて、それでお前らアース使ってるの黙認してるけど、隣のA店と掛け持ち遊技してるときあるぞ。年寄りだから可愛そうとか思うと、悪意がある奴だった場合はまんまと騙されるから気を付けろよ」

 

「いつもパワフル(CRビッグパワフル)打ってる眼鏡の奴、負けた腹いせに階段下の風船割るときあるぞ」

 

「流すとき(計数する時の事)は、出玉を全部ジェット(ジェットカウンター=計数機)に運んで来てからまとめて流した方がいいぞ。忙しいのにかまけてガンガン流してると、そのうち2人分混ぜて流して面倒な事になるぞ。今まで何度かそういう現場見掛けたからな。お前は動くのは早いけど、おっちょこちょいだからな」

 

「フロント(景品カウンター)にバット(ゴールデンバット)置いてくれよ。角っこの店まで行くの面倒だ。採算が気になるんなら、俺が月に10カートン以上とってやるから」

 

浜さんは、実はよく喋る人でした。

 

「お前よりもっと若い時に、親父ブン殴って、母親と一緒に東京に出てきた。女に手を上げるような男は気に入らなかったから」

 

「指が無いのは…豚に噛み切られたってことにしておくよ」

 

「今週あたりから”仕事”で忙しいから、次に会うのは来月だな。それ浜(CRそれゆけ浜ちゃん)外すなよ!(入替で撤去するなよ)」

 

「他店でレモン牌(現金機)ちょっと触ったけど、全然面白くねえな。麻雀物語の方が断然いい」

 

「ちゃんと学校行ってるのか?始末つけられない男は出世できねえぞ」

※始末=浜さんは「物事に意志を持って取り組み、貫徹する」という意味でよく使っていた言葉です。

 

私はそのお店に2年間お世話になったのですが、店内でどれだけ会話をするようになっても、浜さんは一緒にご飯を食べに行こうとか、店側とお客さんとの間にある一線を越えようとはしなかったし、私の立場が悪くなるような振る舞いは一切しませんでした。

 

そういった意味で、他のお客さんよりも常識人というか、外見とのギャップが大きい方でした。

※別に私にはアウトローな方々を礼賛しようという意図はありません。あくまでも、その人、個人についての印象を書いているだけです。

 

別れ

別れは突然やってきます。

 

最近、浜さん見掛けないな。

 

そう思っていたとき、景品カウンターの社員さんから「それゆけ浜ちゃん の常連さんから伝言がある」と呼ばれました。

 

私が休みの日、浜さんがいつものように閉店近くまで打って、景品交換の際にその社員さんにこう告げたそうです。

 

「今日は楽太郎居ないだろ?ちょっと入院することになったから、しばらく来ない。学校は、絶対卒業しろ、と伝えてくれ

 

年末だったかと記憶しています。それ以来、私はお店で浜さんを見掛けることもないままアルバイトを辞め、卒業しろと言われた大学も、中退してしまいました。

 

就職、その後

私はその後、とりあえず背広を着る仕事をしておこうという程度の気持ちで、会社員になりましたが、浜さんがよく言っていた「始末がつけられない」生き方が悪い方へいったのでしょうか、さしたる成果も出せずに1年ほどで転職。

 

次の会社でも、それまでと状況は変わらず、1年ほどで退社。

 

いつまでこんな中途半端なことを続けるのかと自分自身に嫌気がさし、社会的には後ろ指をさされる職種であると覚悟の上で、学生の頃のアルバイト時に居心地の良さを感じていたパチンコ業界へと転職。

 

自分でいうのもなんですが、それこそ同僚の何十倍も働いて、なんとか今の会社でそれなりの地位や業務上の自由度を得ることができました。

 

最近はこうしたブログを書く余裕も出てきましたので、今後のライフワークの一環として、読者の皆さんと触れあっていきたいと思います。

 

・・・浜さんのその後は、ずっと気になっています。

5年くらい前に、知人宅の訪問ついでに、学生当時に住んでいた街に寄ってみました。

 

そして、当時働いていたお店があった二つ隣の駅にも行ってみました。

 

駅前の景色はずいぶんと変わっていました。

 

行き交う人の中に浜さんの姿を探すも、もちろん会うことはできませんでした。

あの時、大病でも患っていたのでしょうか。

 

せめて存命であることを切に祈るばかりです。

 

 

長い記事にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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コメント
  1. いいお話でした。私も業界で働いてた経験があります。
    今から20年程前はまだまだ社会的不適合者のふきだまりだった色合いが
    今よりもずっと強かったです。それでも本当の『悪人』に出会うことは
    結局はありませんでした。たとえばゴト師だってこちらが気づいたサイン
    を出せば、そそくさと退店していきました。

    • ささくれ さん

      本当にその通りですね。
      言い方が悪くなってしまいますが、ダメな大人たち、社会に出たくない若造たちの不健全な遊び場といった感じでした。

      成熟した社会は後は朽ちていくだけという通説が当て嵌まるというか、こんなことに興じて一体何になるんだ、そんなものでもいい年をした大人たちや、本来はあまりあるエネルギーを生産的な事に向けるべき20代の若者たちが、別の生産性が低い物事に夢中になってしまう状況は今現在でも同じですね。

      昔はそれがパチンコスロット麻雀といったもので、その後はファミコン等の家庭ゲーム、今やスマホのアプリにあたるんでしょうか?

      上記のような非日常空間や仮想空間でレベルを上げても、実社会では戦闘力が低いままというのは悲しいことです・・・

      コメント頂き、ありがとうございましたm(_)m

  2. 懐かしい、よき時代?のおハナシですねー
    パチンコ=少しアウトロー、みたいにみられるところもありましたが、学生にも夢がありましたし、学生で1度はハマる、、みたいな。
    でもこの頃のほうがみんなアツかった、ように思いますねー

    • ピーちゃん さん

      学生生活の事情は大きく変わったようで・・・
      もう雀荘やパチ屋はそっぽを向かれているんでしょうかね。

      私などは、パチ屋に人生を狂わされた、いや、導かれた典型的な業界人です。

  3. 言っちゃ駄目なんでしょうが、古きよきパチンコを思い出しました。

    あの頃は常連みんな好きな台があって、そればっか打って、、、でしたね。
    店も常連の面々を把握していて、大ハマりしたら翌日は手心(甘めの釘調整)加えてくれたり、色々ありましたね。

    あーピストル大名復活してくれませんかね?無理ですか(笑)。

    • ひゅるる♪ さん

      いいですね~

      同時期では、ニンニン絵巻も好きでした。
      確率1/200~1/250で当たって当時の主流だった2,000~2,500個箱がほぼ満タンになる訳ですから、時短が付いているだけでかなり遊べる感覚がありましたよね。
      実際に遊べていたかどうか、収支までは記憶にないですが。。。

  4. 良いお話ですね。入院されたのは罪を償う為の・・・
    まあ、そういう方々も過去には大勢接客しましたね。
    見るからに下ッパのチ※ピラは所詮。。。
    上の人は一般人に紛れ込むとゆうか。。。
    4号機のニワカプロが増えた頃からホール全体の風紀とゆーか雰囲気が変わり
    業界全体もパチ屋からアミューズメント業になりお客様は神様的な流に変わりましたよね。
    悪いとは云いませんが過剰な接客は如何なものかと。。。
    いまだに感じますね。客が上位に立つ産業では。。。

    • ポテトサラダ さん

      このような方々は、どの時期からか分かりませんが、一気に見かけなくなっていったので不思議です。
      居るのは居るんでしょうが、数が減りましたね。

      私の店にもこういった方が常連で居て、何かしらの表の商売をやっていたのですが、外国人の違法就労で摘発されたとかで、その後見かけなくなりました。。。

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