Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶【おまけ】

今回は、9月下旬に連載していた記事の【おまけ】をご紹介します。

 

はじめに

連載記事には『Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶』というタイトルを付けており、この記事の目的は、メールにてお問い合わせを頂いた「新米店長」さんの勤務先での状況というか、お悩みに対する私なりの回答の意味を込めた記事のつもりで書き進めてきました。

 

当初は、ご本人とのメールでの遣り取りだけで済ませるつもりでしたが、返信しているうちに私自身、新米店長さんと同じくらいの年齢の時の事を思い出したり、私の体験的なものもご紹介する事で何かお役に立てればと思うようになったという次第です。

 

過去記事をまだ読んでいないという方は、こちらからご覧頂ければと思います。

 

【参考】

①2016年9月23日公開

『Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶【前編】』

 

②2016年9月24日公開

『Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶【中編】』

 

③2016年9月26日公開

『Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶【後編】』

 

本来であれば、上記3編の最後である今回の【おまけ】記事では、実際のメールでの遣り取り内容を、往復書簡的にそのまま記事にした方が読者の皆さんにとっては読みやすいかと思います。

 

しかし、いかんせん内容が具体的過ぎて、勤務先であったり人間関係であったりと、何なら「新米店長」さんのお店がどこなのか分かってしまう事が憚られたため、それはできませんでした。

 

そうこうしている内に、3週間が経過。

 

締めになる【おまけ】記事が、10月下旬のこの時期になってしまった、という経緯です。

 

・・・それでは、ここからが本題です。

 

新米店長 さんからのお問い合わせ内容

ご本人から、メールで教えて頂いた勤務状況は、こんな感じです。

 

  • 数店舗経営の小規模ホール企業勤め
  • 社員数多め(特に40代以上)
  • 労務管理面や福利厚生絡みに関しては、ブラック企業と言える
  • ご質問者は20代で、役職は店長
  • 上司とは関係性が悪い
  • 研修制度的なものはなく、業務は全て自力で覚えた
  • 売り上げ/粗利/稼動といった営業数字が右肩下がりの時期に店長職に就き、その後も低下は続いている(よって、会社内では立場が悪い)
  • 他のホール企業への転職も考えているが、思い切れない
  • 所属している以上は、どうにかしたいと考えてはいるが、上司に頼れず同業に知人も居ないので、孤独である

 

ご紹介できる内容は、これくらいです。

 

私は、これに対して2通のメールを送り、また先ほど【参考】でご紹介した3編の身の上話的な記事を書くことで回答とした訳です。

 

・・・今回の記事は、その補足的な内容です。

 

小規模店舗で成り上がった知人の実例

これはどの業種にも言えますが、社会人として勤め始めて5年や10年といったキャリアにあっては、社内での立場や給与/待遇面、また他へ飛び出そうかといった事について悩む場面が多いかと思います。

 

世の中的には、程度が極めて低いとされ、まあ実際そういう場面も多いホール企業であっても、それは同じです。

 

なので、これは失礼な言い方かも知れませんが、今回のようなお悩みは、私のようなオッサン世代にとっては「よくある話」のひとつです。

 

以下で、1件、知人の営業部長の実例をご紹介します。

 

<一族経営のブラック企業に入社>

彼は私より少し年上で、現在は1店舗だけ経営しているホール企業の営業部長職にあります。

 

経営規模が小さいホール企業は、大体は一族経営企業であり、その会社も彼が入社する前は経営者の親族が会社/お店の要職にあり、また古株社員も皆、経営者から好かれる事だけを考えているような、いい歳をした方々ばかりだったそうです。

 

彼は一般社員としてキャリアをスタートし、長く苦難の時期を過ごします。

 

名ばかりの店長や副店長は、店に顔を出さずに傍目から見れば豪遊の毎日。

 

景品場担当の古株の女性社員は、実質的に社内の人事にさえ影響力を持っている。

 

他の古株社員を見ても、一般社員で月給は50万円を超え、それでも業務内容や人間性は程度が極めて低く、一言で言えばボンクラばかりで、読者の皆さんがイメージする「昔のパチ屋」そのものです。

 

当然、これはとんでもない所に入社してしまったと考えた彼は、転職するかどうか悩み続ける事になります。

 

・・・しかし、数年経っても、なかなか踏ん切りがつかない。

 

若かった彼も、気付いたら30代に突入です。

 

<下っ端管理職として激務の毎日>

出来る者には、どんどん業務が集まります。

 

しかし、それに相応しい身分や給与/待遇は貰えません。

 

主任程度のポジションを与えられて、実際には店長や副店長の小間使いのような毎日です。

 

  • 朝7時で出社し、釘調整や開店前準備
  • 開店前の時間を使って、ポスターや札類のデザイン、印刷、ラミネート加工、切り出しなど
  • 一般景品類の在庫管理、発注
  • アルバイトの労務管理、ボンクラ社員の相手
  • 好立地の繁盛店のため、ホールの表回りも大変
  • 夕方、店に顔を出さない店長に電話で営業報告し、割高(薄利)だと怒鳴られる
  • 営業報告後は、徒歩圏内にある社宅に戻って仮眠
  • 稼動がピークになる20時過ぎに店に戻り、ホールフォロー
  • 閉店後の締め業務完了後、店長に電話で当日の営業を報告するが、割高(薄利)だと怒鳴られる
  • 閉店後の時間を使って、ポスターや札類のデザイン、印刷、ラミネート加工、切り出し、営業中に故障した台や部品/還元機などのメンテナンス
  • 新台入替日には、当日業務終了後に釘調整や試し打ち等を行い、入替規模が大きい時には早朝まで残業
  • 休みは月に4日あることになっているが、実際には丸24時間以上店に顔を出さなかった日は主任になって以降の7~8年くらいで1日もない

 

こんな事なら、やはり転職でもした方が良かったのか?

 

若い時の時間と体力を、全て無駄に使ってしまったのか?

 

そんな彼にも、不意に転機が訪れます。

 

経営者の代替わりです。

 

そして、彼と私は、ちょうどこの前後くらいからの付き合いです。

 

<若社長がやって来た>

別業種の企業に勤めていた経営者の息子が、新たに社長になります。

 

そして間もなく、店長をはじめとする古株社員と若社長が、折り合わなくなるのです。

 

その一番の原因は、店舗運営にコストがかかり過ぎており、給与水準が高過ぎた事です。

 

それもそのはず、ロクに店を管理していない店長が機種を選び、台数を決め、自分の感覚で撤去し、また買う

 

貢献度が低い社員でも皆、高給取り

※一般社員でも最低50万円水準、彼以上の役職者は全員80万円以上、景品場の古株女性は、なぜか100万円以上

 

 

経験した本人の口から語られた事ですから当時の辛い心情も相まって大げさな所はあるのかも知れませんが、ほとんど実際にそうだったのでしょう。

 

このような状況では、どのような人が新たに社長になっても、顔をしかめるのは当然です。

 

これまでは経営者が営業現場に顔を出すような事など無かったそのお店に、若社長が度々やって来るようになります。

 

現場不信だからです。

 

そして、実際に営業現場を切り盛りしていたのは、いち主任であったと、彼が全てであった事に気付く訳です。

 

ここから、彼のキャリアは大きく変わります。

 

<ほぼ全員を退社に追い込む>

若社長からのヒアリングに、彼はこれまで勤務してきた中で見聞きした事、経験してきた事、全てを話します。

 

お店の状況を若社長と彼が共有した事で、利害は一致します。

今の社員は、全員邪魔だ、と。

 

若社長と繋がっている事はすぐに店長以下の古株社員に知れ、陰湿ないじめや無理難題が押し付けられ精神的にも肉体的にも更に圧迫されます。

 

しかし、覚悟を決めた男にとって、一度剥き出しにした牙は隠す必要がありません。

 

・店長や上位の役職者が、判断すべき案件の場に居合わせない場合には、徹底的に責任追及

 

・人事に口を出す景品場担当の古株年配女性社員の言う事は、越権行為として断罪

 

・無精ひげを生やし身だしなみも整えずにホールをうろつく40~50代の一般社員は、営業のマイナス要素として全員バックヤード業務に追いやる

 

・店長が「新しい機器は、表示データを作ったり読み込ませたりするのが面倒くさい」という理由だけでずっと店頭に置いている薄汚れた旧式の電光看板は、こっそり自ら破壊して新品の大型モニターに買い替えさせる

 

・店長が「愛着がある」という理由だけでずっと店頭に置いている薄汚いバルーンや造花の装飾物は、こっそり自ら破壊したり廃棄して、より効果的な立て看板類に買い替えさせる

 

・何を言っても怒鳴られるだけの電話での営業報告は全て止め、以後はメールでの報告に一方的に変更する

 

・バックヤードに追いやった社員の業務は細かくチェックし、休憩でもしているような怠慢ぶりでも目に付こうものなら怒鳴って即刻帰宅させる

 

・二日酔いで出勤してきて営業時間中にトイレに籠っている先輩社員は、怒鳴って帰宅させる

 

・ホール内で、お客さんとのすれ違い時に会釈をしなかったり、通路を譲らなかったりといった配慮動作が不心得な社員は、朝礼/終礼時にアルバイトも含めた全員の前で納得が行くまで練習させる

 

・お客さんに対して「いらっしゃませ」「ありがとうございます」「申し訳ありません」が言えない社員は、朝礼/終礼時にアルバイトも含めた全員の前で納得が行くまで発声練習させる

 

・アルバイトや若い社員の面倒は、身銭を切ってでも積極的に行い、自分の考え方を理解してもらうためにコミュニケーションを欠かさない

 

相変わらず、表でも裏でも古株社員からの圧力はありますが、仕事ぶりには文句の付け様がなく言っていることは営業上は全て正論なので、どんどん発言力が上がっていきます。

 

そして、若社長もそれに応え、自らの親族である店長を引退させて、彼を新しい店長に据えることになります。

 

先代店長が居たからこそ立場があった旧役職者陣は、ひとりまたひとりと居場所を無くして退社。

 

中には定年退職まであと数年という役職者も居たようで、結果的に自分を退社に追い込んだ彼を恨んで脅迫まがいの行為も受けたとのこと。

 

結局、若社長に代替わりして数年後、現場に残ったのは景品場担当の古株年配女性社員のみ。

 

彼女は、彼が店長に就任してからも、ある事ない事を裏で吹聴し続けます。

 

若手の教育上悪影響と判断された彼女は、何度業務改善指示を行ってもそれを受け入れなかったとして配置転換。

 

景品の手渡しだけで月給100万円以上を貰っていた彼女は、1日2時間、清掃を行うだけの嘱託社員に契約変えです。

 

店を追われた社員の中には、労働基準局や法律を味方にしてどうにか対抗しようと試みた者も居たそうですが、それらは全て若社長が自ら対応してくれるので彼自身は事後の事は気にせず営業の事だけに注力し続けます。

 

これで、邪魔者の一掃は成りました。

 

 

<10年ほど店長職を務め、営業部長に昇格>

元々の気質的にはバリバリの現場タイプの彼ですが、体の不調には勝てません。

 

不調というよりは、20代中盤から40歳過ぎまでの激務が祟ったのかも知れません。

 

苦労して育成した一回り若い管理職に店長職を譲り、自らは営業部長に就任して、今に至ります。

 

いくら規模が小さいとは言え、長らく一族経営だったホール企業に所属している、私と同年代の彼が営業部長になったというのは、本当に凄い事です。

 

やり方は相当強引で、見方によっては法にも触れたり悪質な追い出し行為とも言えますが、彼自身は全て会社のため、お店のため、お客さんのため、そして何より、これからがある若いスタッフのためにやってきた事です。

 

若社長は、その働きに最上級の評価で応えた、という訳です。

 

そして、お店の中にも、重大な変化というか、足跡が残りました。

 

小さいお店では有りがちな事ですが、一部の者たちが一旦ポストを占拠してしまうと十数年もそこに居座って閉塞感が充満します。

 

それが、パフォーマンスや貢献度が低い者たちであれば、これはもう致命的と言えます。

 

先行き悪そうなお店には若手が定着する訳もなく、どんどんと離職していきます。

 

そして、残るのは体制に倣う者たちばかりになります。

 

彼は、そういった状況に風穴を開け、文字通り後進にポジションを用意し、開放感というか職務上の自由度を与える事に成功したのです。

 

追い出された者たちが可哀そうだという意見もあるでしょうが、そこは今とは違う少し古いパチ屋の世界。

 

「力がないから負けた」と言えます。

 

・・・これが、私の知人部長の、ものすごくかい摘まんだ経歴です。

 

この内容に対して、ブラック企業でも噛り付いて頑張れば道が拓けるととるか、無茶な事をしてでも自分の正義に則って行動するべきととるか、はたまたこんなに苦労しないと道が拓けなかったんだから、悪い兆しがある会社なら早々に飛び出した方が得策ととるか、そういった事は全て読者の皆さんのご判断に委ねたいと思います。

 

この知人部長の話を書いたのは、私の経歴とは全く正反対だからです。

 

もちろん、私は私でそれなりの古い体質であったり、業界ならではの理不尽さや雇用上のブラックな面と適当に折り合いをつけながらやって来た訳ですが、総合的に見て私は凄く恵まれている業界人だと思います。

 

だからこそ、私の事だけでなく、知人部長の事も紹介する事で、話に奥行きが生まれるんじゃないかと、そう考えたという訳です。

 

最後に、楽太郎からのアドバイス

それでは、今度は私の方から、新米店長さん、或いは最近は読者の方も増えてきたので、ひょっとしたら同じような状況で辛い思いをしながら毎日勤務している若手ホール社員や役職者の方もいらっしゃるでしょうか?

 

そんな皆さんのために、精神論的なものをいくつか書いて、前編~中編~後編と続いてきた長いシリーズ記事を終わりにしたいと思います。

 

<出会いがある>

社内/社外どちらかは分かりませんが、折に触れ必ず何かしらの出会いがあり、その中には自分のキャリアにとって重要な人物も居ます。

 

その出会いに気付ける心の余裕を持てるようにして下さい。

 

その人物は、自分にとっての見本や憧れかも知れませんし、残念ながら反面教師かも知れません。

 

世間的には頑張って働いたりキャリアアップする価値すらない業界に見えるかと思いますが、それでもこの業界で生き残っていくつもりであれば、どんな出会いでも自分のプラスに変えていくだけの前向きさやタフさが肝要です。

 

<踊り場では休む>

毎日全力疾走はできません。

体を壊して精神的にも追い込まれます。

 

とはいえ、業務を覚えたり技術を向上させたりするにあたっては、集中して取り組む時期が必要です。

 

なので、走っては要所で休む、これを根気強く継続して下さい。

 

イメージとしては、高層ビルの階段を全力で上っていて、時々踊り場で休んで、というイメージです。

 

自分の業務レベルに見合うもの、高過ぎるもの、色々あるかとは思いますが、折に触れ上から転がり落ちてくる課題的なものがありますから、それを踊り場でしっかりとキャッチして取り組んでクリアする。

 

その事が、昇給/昇格、待遇の向上、発言力の向上、社内における求心力の向上、職務上の自信、そしてまた全力疾走するための励みやエネルギーとなります。

 

<自分が最後、という意識を持つ>

不幸にも、旧来的なブラック体質なホール企業に勤めているという方もいらっしゃるでしょう。

 

経営者が関わる事ですから、そんなに簡単には解決しませんし、いくら真っ当な事を言っても通らない場面も多いでしょう。

 

それでも、その会社でやっていくと決めたのであれば、こんな辛い思いをするのは自分で最後にするんだという決意が必要です。

 

  • 自分がされて嫌だった事は、部下には絶対にやらない
  • 無駄な労力や時間が多いと感じた業務やルールは改める
  • 雇用条件や労務面で不当なものがあれば、自らがそれに口出しできるポジションを得て改める

 

書くのは容易いが行うのは困難、ざっとこんな感じですね。

 

自分の成功の事だけを考えていたり、ポジションや待遇を得たいと思っている内はなかなか手に入らなくても、後輩のためであったり他の誰かのために、会社のために、お店のためにという意識を持ったとたんに、欲しかったものが手に入るという事は、私自身も沢山ありました。

 

反対の例を挙げれば、自称元パチプロ/スロプロであり、自分が釘調整したり設定管理すればお店は繁盛してファンも増えるんだと意気込んで入社してきた社員が過去に居ましたが、彼は強い上昇志向はありましたが人が付いて来ず、また実際には他の者を納得させるだけの実力も無くまたその後備わる事も無く、結果的にはほんの数年で去っていきました。

 

個人の専業者としてはやれていたのでしょうが、組織人としてはやっていけなかったのです。

 

もちろん、まずは自分の事をしっかりやり切る事が当たり前ですが、やはり人との関わり合いがあってこその会社ですから、その事にいかに早い段階で気付くかが肝要です。

 

これは、出入りしている業者さんや、受注/発注関係の業者さん、或いは懇意にしている他業種の営業マンやメーカーの営業マンとの人間関係であっても、同じ事が言えます。

 

きれい事のようですが、ビジネスの場面であっても、たとえそれがパチ屋であっても、思いやりの心がない人は、何も手にする事ができないのだと、私としてはそう思っています。

 

 

・・・長々と書いてきましたが、これくらいにしておこうかと思います。

 

__________

最期になりましたが、新米店長 さん、その後のご状況はいかがでしょうか?

 

今度は明るい話題で、またご連絡頂ける日をお待ちしています。

 

 

以上、『Once Upon a Time in Ameyoko-ある夏の記憶』は、これでおしまいです。

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コメント
  1. 思い当たるようなホールがけっこうありますね

    仕事柄関西近県を数回転居しましたが、行く先々で従業員の年齢層が異常に高いホールが・・・

    今はだいぶ減ったのかな
    社内改革して若返ったのではなく潰れて減っただけか

    • 干しぶどう さん

      後者の方だと思います。
      ボンクラ社員でもやってこれたのは、ひと昔前は単に射幸性が高い機種が多かったり、ファン人口が多かっただけであって、彼らの働きによるものではない訳ですからね。

      時代の変化に取り残されないように、そんな連中を一掃した知人部長。
      決して褒められたやり方ではないですが、当事者にしか分からない苦労があったものと推察します。

  2.  ブラックな会社 アングラな業界
     是非そんなイメージを無くすよう頑張ってください。

     
     

    • ナナベエ さん

      過去のツケが多過ぎて清算困難なこの業界・・・
      せめて、身の回りはしっかりと整えたいと思いますm(_)m

  3. 自分が若い頃、「どんなことでも懸命に仕事してる姿は、誰かが見てくれている」と言ってくれた上司がいました。
    ヘマをしても庇ってくれて、自分を可愛がってくれましたね。

    果たして自分の今はどうなのか?
    仕事を懸命にしているか?
    若い子らを正しく評価しているか?
    自分の機嫌が悪いからって、人にあたってないか?
    楽太郎さんの言葉で忘れかけていたことを気づかせてくれました。

    仕事を懸命に取り組んでいる人こそが評価されるべき、そうありたいですね。

    • 優しくレバーON さん

      私は釘の師匠から言われた言葉が印象に残っていますね。

      「要職にある者は、時間拘束されていない分、自分のプライドだけがルール

      手を抜こうと思えばいくらでも可能で、なんなら酒を飲んだり遊びまくったりも可能。
      しかし、うまく隠したり誤魔化したつもりでも、実は周囲の人にはバレていたりします。。。

  4. いい話!自分も新米店長ですが、振り返ると嫌な上司がいたり、今現在でも会社のお荷物店長などがいますが、そういった人たちに負けてなるものかと頑張って、グループで一番若い店長になりました。ほんと「努力は報われる」じゃないけど、一生懸命やる人に評価はつくものだし、評価されないならばまだ足りないと自分を律する気持ちが必要だと改めて感じました。次はエリア長だなw

    • ジョブス さん

      実際に複数店舗を管理してみると、当たり前ですが自分の事なんかまるで考えなくなりますね。
      どうやって若手管理職をキャリアアップさせるか、営業数字を成り立たせるか、常連客を逃さないか・・・

      昔上司が、やればやるほど我欲が無くなると言っていて、それは綺麗ごとだと思っていましたが、本当でしたm(_)m

  5. はじめまして

    同業の若輩者です。

    こちらの記事がきっかけで楽太郎さんのことを知り、冗談抜きで全記事を一気読みさせて頂きました。
    いつになるかわかりませんが、楽太郎さんと同じくらいのレベルで業界の事を語れるようになりたい、率直にそう思わされました。

    社会からは見下されてばかりの業界でも高みというものは確かに存在するんだと、なんだか嬉しい気持ちにさせて頂きました。

    ありがとうございます。

    • 四面楚歌 さん

      謙遜する訳ではありませんが、私は特別な知識や経験値、技術は持っていない普通の業界人です。

      四面楚歌 さんの上司の方も、キャリアに応じたノウハウを必ずお持ちのはずです。

      突き放す意味ではありませんが、私のような姿が見えない匿名のブログ運営者の書く事は、あくまでも参考程度に留めておき、やはり日ごろから接している先輩上司から学んだ方がキャリアアップに繋がるはずです。

      もちろん、どうしても反りが合わなかったり、振る舞いが悪い上司の方も居るかも知れませんが、そういう場合は、その方を反面教師として見て自分は反対の事をするように心掛ければ良いです。

      どのような業種であっても、どうせやるなら立場を得た方が楽しく働けます。

      四面楚歌 さんが成功する事をお祈りしていますm(_)m

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